2011年09月18日

初公判における南美穂子の意見陳述

初公判における南美穂子の意見陳述 

 まず最初に、日本の憲法に保障された選挙権、基本的人権を守るために行動した私達を逮捕した公安警察、罪名を変えてまで起訴した検察、公安や警察のいいなりとなって私達の拘留を許している裁判所に断固抗議します。

 2010年7月11日参議院選挙の日、私達は集団で西成区の萩之茶屋投票場に行きました。しかし、検察官が言っているように投票場の秩序や静ひつを乱すことを目的に行ったのではありません。私達は、住民票を大阪市に強制削除されても、投票の可能性があるので「選挙権をあきらめるな!」「いっしょに投票に行こう」と投票を呼びかけることを主な目的に行ったのです。

 2007年、大阪市は釜ヶ崎労働者が、支援団体に置いていた2088人の住民票を強制削除し、同時に選挙権を奪いました。その際の反対運動の中で釜ヶ崎労働者の何人かが住民票削除の差止め裁判を起こしました。大阪市は、その裁判の中で裁判所に「住民票を消された日から投票日までの居所を示し、投票日の4ヶ月前から選挙区に居たことを証明できれば住民票を復活して投票させる」と約束しました。このことは大阪地裁判決に明記されています。

 そしてこのことは、その人が選挙人名簿に登録されていなくても、2010年7月の参議院選挙でも有効でした。又、簡易宿泊所に住民登録していて4ヶ月以内に住民票を消された人も選挙人名簿に登録されており、投票することができました。

 こういった事実は、本来なら大阪市の選挙管理委員会が周知すべきことです。住民票大量削除のいきさつを考えるなら、せめて削除から5年はこの周知活動をするべきでした。しかし、大阪市の選管は2007年以来一度もまともにこのことを周知したことはありません。大阪市の怠慢によって、本来投票できる人の何人が選挙権をあきらめてしまったかわからないのです。

 私達は、市民の側から憲法を守り、貧困であるが故に住所を持たない人を選挙から排除してはいけないという趣旨で、この事実を周知し、投票を呼びかけたのです。

 何故、笛を鳴らしたり、大きな声で叫ぶのか?投票の可能性のあるできるだけ多くの人に選挙人であることを知らせるためです。自分が投票できるかもしれないと思っている人が、勇気を持って投票場に向うことができるようにするためです。

 私達が投票場に着くと、西成区役所の役人20名くらいが、萩之茶屋投票場の門の所で幾重にも並んで、門をふさいでいました。そして「選挙人以外は入らないで下さい」という札を掲げていました。その横には西成署や公安の警察官が並んで勝手にカメラで市民を写したり、怒鳴ったりし、門の所をチェックしていました。又、萩之茶屋投票所の西側には、機動隊の車が何台も止まっていました。およそ民主主義を標榜する国のどこでこんな前近代的な投票所があるのでしょうか?私達は投票所の外で「住民票がなくても投票できる可能性があります。中に入ってチャレンジしてみましょう!」と声の限りに投票を呼びかけました。

 しかし、こんな状況の中で投票の可能性がある人が投票所に入っていくことは、たいへんな勇気がいり、苦痛を伴うことでした。

 住民票の大量削除がなされ、選挙人かどうかを詳しく調べなければならない人が大勢いるこの投票所の門の前で「選挙人以外は入らないで下さい」と札を掲げて大阪市の職員が門を塞ぎ、威力で入場を制限することは、公務員の選挙人選別にあたり、明らかに違法、違憲です。

 この行動に参加した人々は、口々に大阪市の職員に抗議しました。釜の労働者は特にそうでした。それは釜ヶ崎労働者が申し入れのために大阪市役所や西成区役所に行ってもゴロツキ扱いし、市の職員がスクラムを組んで入り口をふさぎ中に入れない。それと同じ光景だったからです。

 又、職員の横に20名以上も並んでいた警察に対しても、国民主権の一番大切な場所である投票所の門前でなぜ公安警察が出入りをチェックするのかと、大きな抗議の声があがりました。

 その声が投票所の秩序を乱す静ひつを破ると言うなら、公務員が目の前で権力を笠に着て、違法行為をしていても、貧乏人は黙っておれと言うことですか?又、投票所の門前で公安警察がカメラを持って出入りをチェックするような暴挙が行われても、釜ヶ崎労働者に対してはかまわないというのでしょうか?

 私は、大阪市の職員が「選挙人以外は入らないで下さい」という札を掲げているのを見て、大阪市が住民票復活選挙権復活の作業をやめてしまったのかと思い、投票所の門の中に入り、投票所である体育館のガラスごしに大阪市がその作業の場を作っているのか。又、その作業をしているのかを確かめようとしました。

 しかし、門の所で並んでいた職員が押してきて入れませんでした。私が中に入ろうとしてとった行動を体当たりとか何とかと言い、選管職員を威嚇したと言われていますが、横に多くの公安警官をはべらせ後ろに何十人もの機動隊に守られ、自分達も20何人もでスクラムを組んでいる市の職員に対して50過ぎのオバハン一人が体当たりしたところで何の威嚇になるというのでしょう。

 今回どうしても4人を罪に陥れたい検察は、私達が投票管理者の業務を妨害したと言っています。しかし、投票管理者の第一の仕事が憲法に保障された国民の投票権を守ることであるなら、私達の行動はその助けにはなっても妨害になっていないのは明らかです。

 むしろ無駄な税金を使い、ガードマンを雇ってまで大勢を頼み、投票所の門を塞ぎ、釜ヶ崎労働者の正当な選挙権の行使を妨害していたのは大阪市です。

 そして、投票所の門の横で入ろうとする人達に怒号を浴びせながらビデオチェックしていた公安警察ではないでしょうか?

 私達は投票所の門の外で、投票を呼びかけ、違憲違法な公務員に抗議していただけです。それがなぜ投票管理者の業務の妨害になるというのでしょう。

 今回私達の逮捕は、行政と公安が結託し、大阪市がやった住民票大量削除、選挙権剥奪という前代未聞の人権侵害行為にもうこれ以上抗議の声を上げさせないための制裁であり、口塞ぎです。

 私はこの大法廷で、書記官にちゃんと記録してもらう形で住民票闘争がどんな人によってどのように闘われてきたのかを語ることによってこの口塞ぎに対抗していきたいと思います。願わくば、裁判長には、釜ヶ崎労働者への偏見を棄てて聞いていただきたいと思います。

釜ヶ崎の労働者は、ビルを建てて道路を敷き、橋をかけ、山奥に鉄塔をたてダムを作り、トンネルを掘ってきた日本の戦後の成長になくてはならない人達でした。金がなくても、一定の住居にすんでいなくても一人一人が幸福を追求する権利、労働者の権利、自分の考えを持って行動する権利、即ち憲法に保障されている基本的人権を持っている人達なのです。

 2007年の住民票大量強制削除は、その釜ヶ崎労働者の住民票を奪い、本人確認の手段を奪いました。釜ヶ崎労働者が釜ヶ崎に生活の本拠を置き、生きて、働く手段、行政サービスを受ける手段、選挙に行く権利を奪ったのです。

 「お前たちは、もう社会に必要ない。人間扱いしなくていい」と大阪市に言われたも同じでした。自分達の人権を一方的に切り棄てられて尊厳をふみにじられた労働者が「釜ヶ崎の労働者をなめるな!」「俺達の生きる権利、働く権利、選挙権を奪うな!」と立ち上がったのが住民票闘争です。

 2007年の住民票削除の際には、釜ヶ崎センターでビラをまいていた私に解放会館の住所の健康保険証を見せ、「これだけが俺が俺であるという証明なんだ」という野宿の労働者が訴えてきました。3月2日に予定されていた住民票削除の直前には、寒中約1ヶ月の間、市役所の前で野宿して大阪市への抗議活動が行われました。その闘争の中では、「解放会館の住所は俺の生きる支えやねん」と私服警官に囲まれながら市長室の前に座り込んで関市長との話し合いを求めた労働者がいました。市役所のガードマンの制止をふりきり市役所中を走り回って抗議した労働者もいました。

 「犬畜生に扱われてたまるか!俺がやらなきゃ誰がやる」と差止め裁判の原告になった労働者は、釜ヶ崎の三角公園で炊き出しをしながらこの野営闘争を闘った結果、結核になりました。すべての弁護士が「無理」と取り組まなかった差止め裁判を本人訴訟でやりきり住民票削除を先延ばしにした労働者は、「憲法97条に書かれているように、基本的人権を勝ち取るため、多年の間、多くの人が傷ついたり逮捕されながら闘ってきた。僕もその一員でありたい」と語っていました。

 2007年3月29日、大阪市はこれらの労働者の反対にもかかわらず一方的に住民票を削除しましたが、釜ヶ崎の労働者は諦めませんでした。削除直後の4月8日の統一地方選挙では、大阪市が裁判所に約束した選挙権復活の周知をしない中、私達が今回のように「皆で選挙に行こう!」と呼びかけ9名の人が投票し、住民票を復活することができました。その際、住民票を消されたが3ヶ月以上簡易宿泊所に居たことを明らかにしたのに投票を拒否された労働者は、「俺は命と市民権があればいいんだ。投票させろ!」と大阪市選管と私服警官の脅しに屈さず投票権を要求し続けました。投票を拒否されたこの労働者は、大阪市を相手に裁判闘争を闘っています。同じように4月8日の選挙で投票を拒否された労働者は、「貧困で一定の住居が持てない人から選挙権を奪うのは、憲法違反」と国、府、大阪市を相手に国賠闘争を行っています。大阪高裁で棄却の判決を受けた直後、この労働者は「俺たちは負ける。しかし、絶対また誰かが立ち上がってやる。それが釜ヶ崎なんや」と叫び、今、上告中です。

 2009年、定額給付金の支給の際、大阪市や総務省はホームレスにもあまねく支給する」と言いましたが、住民票のない釜ヶ崎労働者には支給しませんでした。

 その際には、「2007年の時は、僕は野宿生活に疲れ果て何もできなかったけど、今回は皆のために何かしたい!」という労働者が「住民票のない者に定額給付金を支給しなかったのは憲法14条の法の下の平等に反する」と国と大阪市を訴えています。

 2010年、参議院選挙についても2つの民衆訴訟が闘われています。大阪市の住民票削除は、このような何の落ち度もない憲法の教えに従い、憲法を守ろうとし、選挙権を大切に、仲間のためには矢面となり、病気になってまで闘おうとする人達の基本的人権を、金がなくて一定の住居が持てないというだけで踏みにじり「テメエらなんて人間じゃない」と言い渡したのと同じです。それに対し、住民票闘争は「釜ヶ崎をなめるな!」「俺たちだって人間なんだ。人間としての権利を諦めてたまるか」と闘われてきました。諦められるわけがありません。釜ヶ崎で諦めるということは死ぬことだからです。

 その住民票闘争の中で選挙権をめぐる闘いは、21世紀の参政権運動でもあります。金がなく一定の住居がもてない人が大量に層をなしている今、その人達が何の落ち度もないのに選挙から排除されることは、憲法に反していますし、貧乏人だけが選挙から排除されるということでは本来の意味の選挙の正確性も失っています。政府は住所のない人の選挙人名簿の作成か住民登録できる場所を作るべきです。国も大阪市もそのことをしない中、実現するためには、当事者である選挙権を奪われたものが選挙権を諦めていないことを社会に示すことが基本です。私達の皆で選挙に行く行動は「俺たちは選挙権を諦めていないんだ!」と腹の底から自分達の尊厳を宣言する運動なのです。

 又、歴史上多くの人が、人権や身分、社会的地位や金のあるなしにかかわらない参政権を得るために、弾圧され、殺されながらも闘ってきました。黒人参政権運動のキング牧師も投票所にすわりこんだと聞きました。私達の投票場への運動は検事のいうような投票所へのヤカラのかちこみのようなものではなく、尊厳をかけた人間を諦めない釜の労働者の闘争の一環であり、21世紀の参政権運動の一環なのです。

 従って、私は今回の運動に関して、法的にも人間としても、釜ヶ崎の関わる活動家としても何の恥ずかしいこともしておらず、心に一点のくもりもありません。このことは、国連に行っても堂々と訴えられることです。今、地震で多くの人が家や職を失い住所を失っています。一方、生活保護の財政はパンク寸前です。大阪市が言い裁判所が認めるように生活保護の適用や自立支援センターへの住民登録ができるからというすりかえさえきかない状態になるほど住所を失う人が増えるでしょう。だから私達は「住民票のないものにも投票させるという制度をつくれ」ということをやめるわけにはいかないのです。

 釜ヶ崎のおっちゃん達ががんばる限り、私は一緒に住所のない人の基本的人権のために頑張っていくつもりです。

 今回の裁判では貧困で住居を持てない人の基本的人権を守ろうとする人間への国家権力の弾圧に裁判所がどのような態度をとるのかが問われています。1日も早い公正な判決を望みます。
以上
posted by 4・5釜ヶ崎大弾圧救援会 at 16:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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